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日本の有名時計メーカー”セイコー社”を一代で築いた 服部金太郎の立志伝です。
15歳で丁稚奉公を始めて2年ほどで、将来の商機をとらえ主人を唸らせるあたり、 「栴檀は双葉より芳し」とでも言うべき、非凡な才覚を感じます。また、信用第一、お客様にも取引先にも徹底して誠実に対応する姿勢が、商売を成功に導いたのでしょう。
ところで私は、銀座4丁目交差点の和光ビルがセイコーの本社だということを初めて知りました。
株式会社和光は、セイコーホールディングスの100%子会社。
だから和光ビルの上には大きな時計が乗っていたのか(!)
今さら納得してちょっと恥ずかしい(笑)
心の葛藤やドキドキ感は無いけど、安心して読み進められる一冊です。
ビジネスのサクセスストーリーを楽しみたい方におススメです。
洋品問屋の丁稚は、いかにして「東洋の時計王」になったのか。
経済小説の名手が贈る、世界的時計メーカー「セイコー」創業者・服部金太郎の一代記。
セイコー創業140周年記念作品。
明治七年。十五歳の服部金太郎は、成長著しい東京の洋品問屋「辻屋」の丁稚として働いていた。
主人の粂吉は、金太郎の商人としての資質を高く評価し、ゆくゆくは妹の浪子と結婚させ、金太郎を辻屋の一員として迎え入れようとする。
だがそんな思いとは裏腹に、金太郎は、高価ゆえに持つ人の限られていた「時計」に目をつける。
鉄道網の発達により、今後「正確な時間」を知ることの重要性が高まると見抜いていたのだ。
いずれは時計商になりたいという熱い想いを粂吉に伝えるが――。
経済小説の名手が贈る、世界的時計メーカー「セイコー」創業者・服部金太郎の一代記。
セイコー創業140周年記念作品。
明治七年。十五歳の服部金太郎は、成長著しい東京の洋品問屋「辻屋」の丁稚として働いていた。
主人の粂吉は、金太郎の商人としての資質を高く評価し、ゆくゆくは妹の浪子と結婚させ、金太郎を辻屋の一員として迎え入れようとする。
だがそんな思いとは裏腹に、金太郎は、高価ゆえに持つ人の限られていた「時計」に目をつける。
鉄道網の発達により、今後「正確な時間」を知ることの重要性が高まると見抜いていたのだ。
いずれは時計商になりたいという熱い想いを粂吉に伝えるが――。
(amazonより抜粋して引用)

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