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1945年7月のポツダム会談から8月15日の終戦までに水面下で繰り広げられた、太平洋戦争の終わらせ方と終戦後の方針に関する米・英・ソ連の熾烈な“暗闘”を描いたドキュメンタリーです。
ロシア史・日露関係を専門とする著者が、米・英・ソ連それぞれの思惑と複雑な関係について、日本国内の戦争終結に向けた動きも踏まえて、詳細に検証します。上・下巻それぞれのハイライトをご紹介します。
【上巻】
太平洋戦争をどう終わらせるか、米・英・ソ連の各国内で様々な論争がある中、敗戦したドイツ領ポツダムにトルーマン(米国)、チャーチル(英国)、スターリン(ソ連)が向かいます。
日本本土上陸作戦で米軍の犠牲を最小に留めるためには、ソ連が満州に侵攻し大陸の日本軍をくぎ付けにする必要があるとの意見が、そのとき米国内では多数派でした。
しかし、トルーマンがポツダムに到着した直後、原爆実験成功の一報が入ります。
トルーマンは、ソ連が参戦する前に原爆投下により日本を降伏させ、ソ連の権益拡大を阻止する方針に転換します。
米・英はソ連を排除し、スターリンの署名無しでポツダム宣言を発表します。
また米国は、原爆投下候補地から京都を外すことで、戦後の日本が、満州に侵攻したソ連よりも米国になびくことを期待します。
【下巻】
1945年7月26日にポツダム宣言が発せられましたが、日本は正式回答を留保し、鈴木貫太郎首相は記者会見でこれを「黙殺する」と発言。
8月6日に広島に原爆投下、9日未明にソ連が対日参戦、9日11時には長崎に原爆投下。
8月10日7時、日本は、天皇統治のみを条件としてポツダム宣言を受諾する旨、連合国に伝達します。
そして、8月12日には連合国から、天皇の権限は連合軍最高司令官に従属するが日本の政体は日本国民の自由意思のもとに決定される旨の回答を受信します。
この天皇の位置づけに関して猛烈に反発する継戦派の軍部を、外務省を中心とする終戦派と天皇自身がかろうじて押さえ、8月14日付で終戦の詔書を発布。
ソ連は終戦直後の混乱に乗じて千島列島を占領します。
複数の視点から太平洋戦争終結前後の世界の動きを理解したい方にオススメです。
太平洋戦争をどうやって終わらせるのか?
ポツダム会談は、スターリンとトルーマンの熾烈な戦いのはじまりだった。
それぞれの黒い「時刻表」をめぐって野望と思惑と駆引きが交錯するようすを、国際的文脈から完璧に描き出す。
読売・吉野作造賞、司馬遼太郎賞受賞作の単行本に新情報を追加した決定版。
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(amazonより抜粋して引用)
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