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戦国時代、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた山内伊右衛門(一豊)とその妻・千代の物語です。
妻・千代は、夫が名馬を買うために、大切にしていた嫁入りの持参金を差し出した「内助の功」の逸話で知られる賢妻です。題名にある「功名」とは手柄を立てて名誉を手に入れること、「辻」は十字路という意味です。
つまり、手柄を立てて名誉を手にするための分岐点という程の意味でしょうか。
山内伊右衛門(一豊)は、信長、秀吉、家康の順に家臣として仕えていくのですが、下剋上を狙うような大物ぶりは感じられず、ひたすら主君に忠誠を尽くします。
そして、妻の助言も受け入れつつ、少しでも大きな手柄を立てて主君に認めてもらおうと腐心します。
現代のサラリーマンの姿と重なって、好感が持てます(笑)
史実に基づき小説を創作する司馬遼太郎氏の絶対の安定感に拍手です。
私がおススメする見所は、次の通りです。
【第1巻】
うだつの上がらない伊右衛門(一豊)が美しく聡明な妻千代に励まされながら、戦国の世で少しずつ立身出世していきます。
下剋上など狙わず、地道に一歩ずつ歩を進めます。
千代が嫁入りの持参金の黄金10枚を差し出して買った馬が、信長の馬揃え(馬の品評会)で他の武将の注目を集めるシーンは、私の好きな名場面です。
【第2巻】
目立つ存在ではありませんが、毎度の戦での着実な働きと篤実な性格、そして妻千代の内助の功により、伊右衛門は徐々に石高を増やしていきます。
暗に秀吉に仕えることを勧めたのも千代でしたが、朝鮮出兵、驕奢な伏見城建設などにより人心が離れることを悟り、先に秀吉を見限ったのも千代でした。
千代の先見の明と、さりげなく伊右衛門の行動を促すシーンが素敵ですね。
【第3巻】
秀吉が病死し、豊臣家と徳川家の対立が鮮明になっていきます。
大阪城下に家族を残してきた諸将は、豊臣側に人質を取られた状態で、どちらに付くか決断することに。
この辺り、家康でさえもうまく工作できなかったのは、よほどの難しさがあったのでしょう。
伊右衛門は、千代を大阪に残したまま家康に付くことを表明します。
家来に勝算を聞かれた伊右衛門は、徳川殿が勝つかどうかではなく徳川殿を勝たせるのだ!と、自軍を鼓舞します。
そして、いよいよ関ヶ原の合戦へ。
【第4巻】
未開封の千代からの手紙を家康に見せ伊右衛門が二心なく家康に味方する意思をアピールしたり、家康の家来に自らの城を明け渡して使わせることを軍議で提案するなどして、家康の評価を得た伊右衛門は、関ヶ原の勝利後、土佐一国を与えられます。
しかし、土佐では不満を持つ地元の下級武士が頻繁に反乱を起こし、手に負えません。
そこで伊右衛門は、新国主として土佐を治めるために、苦渋の決断をします。
戦国の動乱期。賢妻として名高い千代と夫婦手をとりあい、ついには土佐一国の大名になった山内一豊の痛快出世物語。新装版全4巻。
天下にむかってはなばなしく起ち上った織田信長の家中に、ぼろぼろ伊右衛門とよばれる、うだつの上らない武士がいた。
その彼に、賢くて美しい嫁がくるという……伊右衛門は妻千代の励ましを受けて、功名をめざして駈けてゆく。
戦国時代、夫婦が手をとりあってついには土佐一国の大名の地位をえた山内一豊の痛快物語。
天下にむかってはなばなしく起ち上った織田信長の家中に、ぼろぼろ伊右衛門とよばれる、うだつの上らない武士がいた。
その彼に、賢くて美しい嫁がくるという……伊右衛門は妻千代の励ましを受けて、功名をめざして駈けてゆく。
戦国時代、夫婦が手をとりあってついには土佐一国の大名の地位をえた山内一豊の痛快物語。
(amazonより抜粋して引用)

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