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「恥の多い生涯を送って来ました。」この有名な言葉で主人公・葉蔵の独白が始まります。
これは太宰治の独白であり、彼自身の人生を投影した物語と解釈できます。青森の裕福な家の息子で、成績は優秀でイケメンで、人を笑わせるのが上手な、恵まれた人物・境遇でありながら、心の中は人に対する不安と恐怖で一杯であることが静かに語られます。
そして、心の不安をごまかすためにいつもお道化て、酒におぼれ、やがてモルヒネ中毒に…。
とうとう、狂人が入院する”脳病院”に入れられた彼は、「人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。」と語ります。
正直、私はそのような太宰の心の闇に、強く共感できるわけではありません。
自分が周囲の人からどのように見られているかとか、自分の本当の心を他人に見透かされたら恥ずかしいとか、
周囲の人に対する不安や恐怖の気持ちは、多かれ少なかれ誰しも持っているものでしょう。
しかし、それを殊更に気にすると自分が息苦しくなりますし、気にし過ぎてもどうしょうもないんですよね。
だから多くの人は、知らず知らずにそこの感度を下げて、なんとか生き抜いているのではないでしょうか。
でも、そのような術を持たない幼い頃の素の心にはとても繊細な部分が存在していて、私はそれを思い出すと「あぁ、そうかもな。」って、少しだけわかる気がしました。
この作品が今も名作として読み継がれているのは、そういう理由なのかなと。
私はまだ、この名作を堪能する領域まで到達していないのかもしれませんが、そんな感想を持ちました。
太宰は、それまでに4回の自殺未遂を起こした後、この作品を書き終えたのが1948年5月10日。
そのおよそ1カ月後の6月13日、愛人の山崎富栄と玉川上水にて入水心中を図り、38歳で死去します。
2019年には小栗旬さんの主演で、太宰治と3人の女性との関係を基に描いたフィクション映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』が発表され、好評を博しました。
「恥の多い生涯を送って来ました」。
そんな身もふたもない告白から男の手記は始まる。
男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。
でも、男が不在になると、彼を懐かしんで、ある女性は語るのだ。
「とても素直で、よく気がきいて(中略)神様みたいないい子でした」と。
ひとがひととして、ひとと生きる意味を問う、太宰治、捨て身の問題作。
そんな身もふたもない告白から男の手記は始まる。
男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。
でも、男が不在になると、彼を懐かしんで、ある女性は語るのだ。
「とても素直で、よく気がきいて(中略)神様みたいないい子でした」と。
ひとがひととして、ひとと生きる意味を問う、太宰治、捨て身の問題作。
(amazonより抜粋して引用)
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