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毎日新聞社モスクワ支局特派員の著者が、ウクライナがソ連から独立した1991年から、ロシアがウクライナに侵攻する2022年2月までの、両国の歴史的経緯や住民の意識を解き明かすルポルタージュです。
なぜ、ロシアはウクライナに侵攻したのか?いま一つ理解できないプーチン大統領の意図や両国住民の感情を紐解きます。
私が興味を持って理解した著者の解説と主張の一部を以下に紹介します。
- (ベラルーシも含め)ロシアとウクライナは、もちもと同じ民族でその歴史のルーツをキエフ・ルーシにさかのぼることから、プーチンは「ウクライナの領土は歴史的にロシアの地」と認識している。
- 1991年のソ連崩壊に伴い、同年ウクライナは独立国となったが、独立後のウクライナでは汚職が蔓延し、国民の生活は向上しなかった。
- 2000年代に入ると、ウクライナ語を話す住民の多い西部地方とロシア語を話す(ロシアにルーツを持つ)住民の多い東部や南部の地方との地域間対立が顕在化する。
- プーチンはこの地域間対立に付けこみ、ロシア語を話したりロシアにルーツを持つウクライナ国民に照準を絞り、ロシアの世界観「ルースキーミール」をプロパガンダとして掲げ、ロシアとの連携を強めるよう誘いかけてきた。
- 2004年には大統領選挙での不正疑惑をきっかけに「オレンジ革命」と呼ばれる抗議運動が起こり、2005年に親欧米派のユーシェンコが大統領に就いた。
- しかし、ユーシェンコは期待された改革を実現できず、次の大統領選挙で再選に失敗した。
- ユーシェンコに代わって2010年に大統領に就任したヤヌコビッチは親露派とみられたが、将来的なEU加盟を見据えた交渉には引き続き取り組んだ。
- その頃プーチンはEUに対抗して旧ソ連諸国を経済的に再統合する試み(ユーラシア関税同盟の立ち上げ)に力を入れており、その必須メンバーである旧ソ連第2位の国ウクライナのEU加盟を阻むため、経済支援と引き換えにヤヌコビッチ政権にEUとの交渉を凍結させた。
- これに怒ったウクライナ国民は2013年秋から抗議活動を開始し、2014年にヤヌコビッチは政権を放棄して首都を脱出し、ロシアに亡命した。
- ヤヌコビッチ政権の崩壊後数日のうちに、ウクライナに親欧米派の暫定政権が発足する。
- そのときプーチンは自国の影響力が削がれる事態に危機感を抱き、同時にソ連崩壊後から狙っていたクリミア奪還の好機ととらえる。
- 2014年2月、覆面部隊がクリミアの重要インフラを占拠し、プーチンはクリミアのロシア編入を宣言する。このとき、ウクライナの海軍幹部ら約40人が自国を裏切ってロシアに投降した。
- ウクライナ東部では2014年4月ごろから、武装勢力が州政府庁舎を占拠するなど武力衝突が起き、ロシアとウクライナの本格的な戦いが始まった。
- 2014年3月のウクライナ国民のNATO加盟に対する意識調査では賛成34%、反対43%だったが、クリミア併合と東部への武力攻撃後の2014年9月の同調査では賛成43%、反対31%と逆転した。よって、ウクライナがNATOに接近したからロシアが軍事介入したというよりは、ロシアが軍事介入したからウクライナがNATOに接近したと見て取れる。
- 2019年のウクライナ東部ドネツク市での取材では、歴史的な繋がりが深く経済的支援をしてくれる裕福なロシアに憧れを持つ住民が多くいた。「ルースキーミール」の効果か、この年の東部地域でのアンケート調査では、プーチンに対する否定派と肯定派と中立派がいずれも3割で、ほぼ拮抗していた。
- 2019年にウクライナ憲法が修正され、EUとNATOに加盟する方針が明記された。プーチンはこれを、「歴史的にロシアの地であるウクライナに欧米が踏み込み、ウクライナ政府だけでなく軍までも影響下に収めようとしている」と捉え、恐怖を抱いた。
- 東西ドイツの統合(1990年)に先立ち、米国はゴルバチョフ大統領に対し「NATOを1インチたりとも東方に拡大しない」と約束したと言われているが、ソ連崩壊時に16ヵ国だったNATO加盟国はその後東へと拡大の一途をたどり、2021年秋には30ヵ国に増えていた。
- 独立後のウクライナは地域間の対立が続き国としてのまとまりを欠いてきたが、2022年2月にロシア軍が全面侵攻したことにより、真のウクライナ国家として団結を強める結果となった。
なぜ、ロシアはウクライナに侵攻したのか?
納得できる解答を探している方に、おススメします。
ウクライナ東・南部は、ロシア系の住民が今も多く住む。
2014年、ロシアはウクライナ南部のクリミア半島を武力で併合。
しかし、それに対して欧米各国は強い態度で臨まなかった。
ウクライナの内部から沸き起こる、ロシアへの強い郷愁。
プーチン大統領が持つ、ロシアとウクライナはひとつという「物語」。
そして、ゼレンスキー大統領登場までの国内の混乱。
2022年の戦争へと至る道すじを説き起こす。
2014年、ロシアはウクライナ南部のクリミア半島を武力で併合。
しかし、それに対して欧米各国は強い態度で臨まなかった。
ウクライナの内部から沸き起こる、ロシアへの強い郷愁。
プーチン大統領が持つ、ロシアとウクライナはひとつという「物語」。
そして、ゼレンスキー大統領登場までの国内の混乱。
2022年の戦争へと至る道すじを説き起こす。
(amazonより抜粋して引用)

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