聯合艦隊司令長官 山本五十六 / 半藤一利

2023年10月24日火曜日

ノンフィクション

t f B! P L

太平洋戦争開戦時の連合艦隊司令長官・山本五十六の生涯を、半藤一利氏が精緻に描いた伝記です。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という名言や、ミッドウェー海戦で主力戦艦の被弾炎上という急報を受けても将棋の打ち手を止めなかった、という逸話が知られている山本五十六とはどのような人物だったのでしょうか。

山本五十六は、旧越後長岡藩士の家に生まれます。父が56歳のときの子だから五十六(いそろく)だそうです。
海軍兵学校を卒業後、米国駐在武官、海軍大学校を卒業し、米国ハーバード大学に留学。超エリートですね。
海軍大学校の教官になった後に、駐米大使館付武官としてまた米国に赴任しています。
その後、空母「赤城」艦長、海軍航空本部技術部長、第一航空戦隊司令官、海軍航空本部長、海軍次官などを経て、1939年、連合艦隊司令長官に就任します。
山本は、日独伊三国同盟締結に反対し、米国との戦争回避を強く主張しますが、聞き入れられません。
また、真珠湾攻撃前に日米交渉打ち切りの最後通牒を米国国務長官に確実に渡すようにとの山本の指示が守られなかったため、奇襲攻撃という形で戦争が始まります
好戦的な軍部の中堅が幹部に開戦を迫り、多くの日本国民は、戦争をすれば海の向こうで日本が勝つものと思っていたために世論も開戦に傾き、政府がそれを追認する形で流されてしまったということでしょうか。
米国に学び、米国との戦争回避を主張した山本五十六が、真っ先に真珠湾への攻撃を命令することになったのは、なんとも皮肉です。
ウクライナやパレスチナで戦闘行為が続き、中国による新たな戦争の可能性も現実味を増す今、戦争回避や早期停戦のために過去の教訓は活かせないものかと考え込んでしまいます。


誰よりも日米開戦に反対していたにもかかわらず、海軍軍人として真珠湾攻撃を決断せざるをえなかった山本五十六。
「昭和史の語り部」半藤さんが、郷里・長岡の先人であり、あの戦争の最大の英雄にして悲劇の人の真実について、熱をこめて語り下ろした話題の一冊が、望の文庫化。
役所広司の五十六役で、映画化もされた。
(amazonより抜粋して引用)

このブログを検索

ブログ アーカイブ

自己紹介

自分の写真
関東在住で、医療関係の事務に携わっています。
家事・育児と、遠隔地で一人暮らしをする80歳代の母の健康状態にも目を配りつつ生活しています。
医療・医薬に関する一般向けの本、母のための老人施設・介護の本、私が興味を持つ科学、音楽、歴史に関する本、時事解説本、小説など、年間100冊程度読んでいます。
私が実際に読んでぜひ皆様におすすめしたいと思った本やその関連情報をこのブログで発信していきます。

インドの野心 / 石原孝、伊藤弘毅

リンク 朝日新聞の記者としてニューデリー支局に勤務した経験を持つ著者2名が、文化、教育、経済、外交などさまざまな角度から「急成長する大国インドの実像」を描いた新書です。 世界最大の人口 を抱え、 若年層が多い という強みを持つ一方、 教育格差や雇用不足 、 宗教・...

フォロワー

QooQ